ネガコメに返信するか無視するかの決め手について

わたしのこのブログは
着飾ることなくすべて本心で書いてるため結論がとても極端です。

わたし自身も完璧な人間でないため
誰もが納得するオチや結論は書けません。

だからこそ時々このブログに
批判やネガコメが届きます。

真面目に書いてもネガコメは届く

セコ貯金は批判覚悟で書いてることの方が大半ですが、

別のブログでは練りに練って
試行錯誤して誰もが傷つかないよう配慮して書いています。

しかしながらネガコメは届くのです。

非常識覚悟で正直に書いても、
良識を持って真っ当なことを書いたとしても

自分と違う考えの人は必ずいます。

「女がでしゃばるな」
「記事書くの下手くそ。やめてしまえ」
「あなたの生き方って恥ずかしいですね」

ここには書けないほどの内容もたくさんもらってきました。

応戦しようともスルーしようともネガコメは消えません。

一日中へこむこともあれば、コメントを晒してめちゃくそに批判返ししたくなるときもあります。

ブログを2年以上書いているとだんだんネガコメの種類がわかってくるもんです。
わたしは届くネガコメに感謝することも増えてきました。

ネガコメに返信するか無視するかの決め手

わたしはネゴコメが届いたらまず、ちょっとへこみます。

数分後、書かれてる内容を読み返して考えます。

そこに感情はあるのか

感情のないネガコメはスルーして、「くたばれ!」って呪いながら削除します。
あぁ一理あるなと思えるネガコメはちゃんと受け止めて必要あれば修正、加筆をしてリライトします。

コメントをくれた相手の人物像を想像する

感情のあるコメントは匿名でも文体で性別や年齢が見えてくるものです。

そうイメージすることで
わたしはネガコメに返信するか無視するかの決め手を上手に判断できるようになりました。

大抵のネガコメは記事をちゃんと読まないまま
一部の許せない文言を集中して批判し、たいして解決方法を明示しないまま暴言を吐いて去っていきます。

男か女かも分からない、メアドもない。
人物像がイメージできない人間はそもそも誠意の欠片がないので、返信したところで逆上させるだけでしょう。

しかし、感情のあるネガコメは

この部分が不快だった。
あなたのここは違うと思う。
自分はこうだと思う。
わたしのときはこうだった。
こういう意見があるというのも忘れないで。

とちゃんとした異見(異なる見解)を明示した意見を残してくれます。

わたしはそういった人の意見は批判やネガコメとはくくらず真面目に受け止め返信するようにしています。

わたしは本心でブログを書くし、時に極端な意見を言い出すこともあります。

しかし、ただ頑なに意見を曲げないわけではありません。

本音で綴ることがこのブログの売りだからこそ、
間違いは軌道修正はいつだって必要だと思っています。

今日、嬉しいコメントが届きました

メインでやっているブログに今日嬉しいコメントが届きました。

これからも楽しみにしています。

さっきまであんなにへこんでいたのに、
一瞬で気持ちが回復してしまったのです。

批判やネガコメは考えさせられるけど
励ましのコメントや、感謝のメールはいつでも人を元気に明るくさせます。

ありがとうございます。

とっても勇気が湧いてきました。

右往左往の多いわたしのブログですが、
今後も自分にとっての栄養になるコメントを胸に成長していこうと思います。

おわりに

ネガコメがきてツライ
もうブログごと閉鎖してしまおうか

初めてネガコメをもらったときは
一日中悶々として落ち込んだものです。

長い月日を経て、
わたしは良いネガコメと悪いネガコメを上手に断捨離できるようになりました。

スルーがいいと言われる中でも
ちょっとした気づきに感謝しよう。

今日のわたしネガコメとポジコメに囲まれて進化中

今後も元気にセコ貯金は更新していきます。